訪れたい場所は自分で作る。人生は試行錯誤【植物採集家の七日間】
「世界のどこかに咲く植物を、あなたの隣に。」連載第5回
■人生の冬からは逃げ出せない 季節は早送りできない
春の手前、啓蟄の転地療法と称した逃避行。2年前は念願の新居に引っ越したばかりなのに、2週間も中央ヨーロッパの植物採集へ旅に出ている。初めてチェコ、オーストリア、ハンガリー訪問。植物、建築やアートに触れて学びは十分、全てが自由な時間だった。街並みは美しく、オーストリア最古の薬局に行ったり、近代アートやクリムトを見たり。
充実したスケジュールなのに、モヤモヤした気持ちは一向に消えなかった。世界のどこかで特別な何かを見つけたい。とっておきの時間を過ごしたい。一つでも多く学びたい。欲張りな気持ちが強くなり、オーストリアの植物採集は日が経つにつれて気持ちが重くなっていった。
場所を変えることは気持ちを切り替える効果があるはず。けれども、逃げ続けているような罪悪感が溢れてきた。挑戦や変化を選んだように見せかけて、現実逃避をしている時に起こる現象だ。
■本当に価値のあるものは、待つことで訪れる
追い詰められた気持ちの中、ヘンゼルという女性に出会う。ウィーン市内にある彼女のお店henzls ernteは、野生のハーブで溢れていた。「この植物はここで取れたのよ」「今回のジャムは大成功だから食べてみて!」 片言の英語とジェスチャーで、嬉しそうに真剣に伝えてくれる。
野草を食べたり、探したりするのはオーストリアでは一般的なのかと尋ねたら、笑いながら首を横にふった。「私のやっていることは、多くに人には理解されないわね」と。
彼女の諦めと覚悟にハッとする。3月から11月は野草採集のシーズン。これから彼女は毎週Wild plants(野草)を採集しに行く。私たちが出会った啓蟄のタイミングは収穫がスタートする、彼女にとって最高の時である。冬には冬の仕込みがあり、時には理解されないことをやり過ごす忍耐が必要。忍耐を示す相手は、人間相手の場合もあるし、時間や自然が相手の場合もあるのだ。
自分の心が冬のままでは、世界のどこに行っても「人生の季節」は冬のまま。準備のない畑に実りはない。だから粛々と、淡々と、手入れをしていく。覚悟を決めて植物のことを学び、丁寧に仕事をしていくことを改めて誓った。転地療法としての旅は日常を生きるためのカンフル剤。自分の逃げを改めて気付かせてくれたオーストリアの植物採集だった。
誰かにとっての大切な日常。その中に潜む植物の力を発見し、デザインして、伝えていく。受けた仕事に一つでも多く自分にしかできないことをプラスする。どんなプロジェクトにも、植物がもたらす魔法をこっそり、少しずつ仕込んでいく日々がはじまった。